中東の危機

中東の危機

日本は原油の85%を中東に依存している。その中東と北アフリカで、危機的な情勢が続いている。日本は、東日本大震災を経て、原発による発電が難しくなるようであれば、一層、石油や天然ガスにエネルギー源を依存せざるをえなくなるのは確実である。では、いま北アフリカ・中東はどのようになっているのだろうか。

 

2010年から2011年にかけて起きたチュニジアの民主化運動「ジャスミン革命」。高い失業率に抗議する青年の焼身自殺が発端ではあったが、注目すべき点は、その革命の特徴である。

 

中東の民主化運動image

 

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中流階級が担った革命

まず1つは、ベンアリ元大統領とラシドーアンマル参謀長の軋傑である。ベンアリは反政府デモヘの武力鎮圧を参謀長に命令したが、拒否されただけでなく逆に国外亡命を進言された。それはベンアリが軍人よりも治安警察を重用してきたことに由来し、02年にはすでに軍部との軋怖が表面化していたという。

 

今回の革命はベンアリに重用されていた治安警察の横暴が、民衆の反政府意識を高めたのが流れだが、軍部と民衆が衝突しなかったのは、ベンアリと軍部の緊張関係があったからである。そのため、革命後は軍部を排除していない暫定政権となり、完全な民主化とは言えない現状がチュニジアには残っている。

 

もう1つは、この革命は貧しさゆえの革命とは必ずしも言えないということだ。失業率15%だけを見ると、私たちはチュニジアを貧しい国だと見てしまいがちだが、実はI人当たりのGDPは9000ドルと高く、北アフリカのなかでは豊かな国に分類ヽされる。それはチュニジアが地理的にも欧州に近く、観光業を介して外貨が流入してきたからである。

 

では、革命の担い手は誰なのか。それは、インターネットやテレビというコミュニケーション環境が整った中流階級である。従来のデモであれば、警察が押さえつけて鎮圧することができたが、インターネットや携帯電話を用いたフェイスブックなどのSNSの登場で、民衆は一気にデモを拡大させ、ついにベンアリの亡命にまで発展した。

 

このように、ベンアリと軍部の軋慄、中流階級が手にしたSNSの力、この2つの要因が、従来の革命にない「ジャスミン革命」の特徴としてあげられる。チュニジアの革命に対して、なぜ一番にエジプトが反応したか。それは、まずエジプト大固有のプライド意識に由来すると考える。ナセル、サダト、ムバラクと歴代の大統領はアラブのリーダーを自負し、民衆にもその自負の意識がある。今までは、中東で起きる革命の最初はエジプトであったのが、世界が注目する革命の先を越されたことで、エジプト人のプライドを傷つけたという見方もできるだろう。

 

その証拠に、デモの中心地となったタハリール広場に集った人たちは、本当は貧しい人たちではなく中流階級の人たちであり、インターネットを使い情報交換ができる若い人たちであった。

 

もう1つ重要なのが、アラビア語という共通言語の存在だ。チュニジアとエジプトは、サウジアラビアなどの産油国に出稼ぎする非産油国という共通点がある。彼らが産油国に出稼ぎすることで、人やマネーのネットワークができ、アラビア語を介して眼には見えないさらに巨大なネットワークが形成される。また現在、アラビア語の衛星放送は約300チャンネルある。

 

特に、この衛星放送の存在は大きく、衛星放送を通じて北アフリカ・中東で何か起きているのかを、近隣諸国の市民は文字が読めなくてもリアルタイムで知ることができる。逆に言うと、なぜアジアやアジアの同じイスラム教国に革命が波及しないかというと、この共通言語が存在しないためであり、革命はその国だけで自己完結してしまう傾向があるからだ。

 

スンニ派が支配するバーレーンとサウジ

共通言語で普及した北アフリカ・中東の反政府デモのなかでも、チュニジアやエジプトとその後に波及したバーレーンやサウジのデモは、革命の種類が異なる。前者は中流階級の革命であり、後者は国家権力者のイスラム教スンニ派に対する虐げられたイスラム教シーア派の革命と言えるだろう。

 

バーレーンやサウジの支配層はスンニ派によって占められている。それは宗派によって分割統治した英国の負の遺産であり、旧宗主国の英国は今でも湾岸諸国に大きな影響力を持っている。またバーレーンは地理的な理由だけでなく、経済力にも産油国のサウジに依存する国であり、バーレンの危機はすぐにサウジに波及する。この点で両国は同じ危機意識を共有している。

 

また虐げられているスンニ派より多く、シーア派は数としてスンニ派よリ多く、信教に命を捧げる殉教精神を持ちわせている。反政府デモが起こらない場合、サウジが徹底的にデモを起こするのはこのためである。シーア派の暴動という点では、1979年のイラン革命と同じと言えるだろう。ただし、イランは同じシーア派であるが、決定的に違うのは、彼らはペルシャ語のため共通言語の力が弱い。

 

また、現在泥沼化しているリビアは、リビア特有の部族と宗教の対立が根本にある。リビアは元々北部のトリポリタニア、西部のフェザーン、内陸部のキレナイカという3地域があった。カダフィ大佐が拠点とするトリポリ、反政府勢力が拠点とするベンガジはその3地域の対立構造の1つであり、革命以前から衝突の火種がくすぶっていたという状況だ。

 

反政府デモの火種は今まで見てきた国に限らず、多くの国で固有の火種を持っており、その情報はアラビア語の衛星放送とインターネットの力でリアルタイムに伝えられ、尖鋭化されていく。イエメンからウサマービンラディンが台頭してきたように、宗教的原理主義が尖鋭化する要素も多分にあると言えるだろう。

 

たとえばサウジを見てみると、巨額の石油収入によって高い福利厚生が施されていると見られているが、若年層の失業率は年々高くなっている。つまり、高等教育化を進め、彼らが卒業した時に受け入れられる雇用を拡大するという、富の再分配のシステムが確立していない。それは石油から得る莫大な富だけで国を支えることができ、民衆からの税金に頼る必要がないからだ。そのため民衆は税金を払うことで得られる権利を主張することができず、サウジ湾岸部に多いシーア派の不満はさらに尖鋭化され、いつ爆発してもおかしくないのが現状だ。

 

また、ここで注目したいことは、北アフリカ・中東の民主化は、革命を得たとしても依然として達成されないということだ。チュニジアでは暫定政権のなかにまだ軍部の力が存在しており、エジプトに関してもムバラクが国内にいる以上、軍部の力は排除できない。歴史的にも君主国家の色が強い北アフリカ・中東にとって、大きな権力に依存できる体制は民衆に受け入れられている傾向があるため、革命を経て民主化が進むとは必ずしも言えないだろう。

 

今後の日本の課題としては、中東と人的交流をいかに深めていくかである。それも日本と中東という2国問のアプローチではなく、日本・イスラム教国の東南アジア・中東というような広いイスラムーネットワークの構築、日本・米欧・4  東というようなリスク分散による多国間のアプローチも必要である。

 

激変する世界のスピードに日本が取り残されないためにも、日本は各国が持つノウハウを蓄積し、関係の多様性を深めることが急がれる。

膠着感の強い相場展開が想定され、日経平均は9000円辺りでの推移が続きそうだ。海外では欧州の景気減速懸念が強まる一方、米国では来週26日に予定されているジャクソンホールにおける米バーナンキ議長の講演を前に、追加緩和策への思惑から底堅い値動き。為替市場では円高止まりが続いているものの、介入警戒感によって小康状態が続いている。株式市場もこれらを受けて方向感の掴みづらい状況であろう。